まず初めに同期に心からの感謝を伝えたい。
ゆうちゃん、トレーナーに転向する前はほとんどずっとリハにいたにも関わらず、「沼野さん」呼びでごめんなさい。
しっかり勉強してなんでもきっちりかっちりこなすゆうとは対照的に経験とか感覚で切り抜けていこうとすることに何度イラッとされたかは分からないけど、リスペクトを持って接してくれて、くだらない話に付き合ってくれて、よき相方でいてくれて本当にありがとう。
お陰様で最近は2人の話し方とか態度が似てきたとか言われちゃっているみたいだけど、ゆうなしにラクロス生活は語れない、ほんと、はなまるな関係だよね。
あと少しトレーナーバッツを引っ張っていきましょね。
次に、男子スタッフとしての自分を何の抵抗もなく受け入れてくれたスタッフ陣。
留学中もいつも同じ温度感で話してくれた夏葉、車の中で色々喋りすぎなななを始めとして、りさ、かのん、はなえ、横山も本当にありがとう。
もちろん選手にも。
早々にトレーナーに転向した自分、そんな自分に試合の日、けんぽですぐテーピング巻いて!と頼んでくれた西森、転向した翌日にもうトレーナーっぽいな〜と言ってくれたかず、どんどんテーピングを任せてくれた川目に佐々木、どんなテーピングでもめっちゃいい!って言ってくれる植村、毎朝マッサージの大雅、本人たちは覚えてないだろうけど一人一人の言動が脳裏に焼き付いている。
普段、特別チームに愛着を持っているようにも、熱くなっているように見えないかもしれないけれど、この同期に囲まれて、このチームに真剣に向き合えて、大学生活の一幕をこの場所で過ごせて、本当に幸せだ。ありがとう。
難しかった。
本当に難しいラクロス部生活だった。
陸上部長距離から、ラクロス界で活躍している人はどれくらいいるだろう。
動きの違いからか、けんぽで早々に怪我をした。
怪我中も座りながらでも壁あてはしたし、復帰した時は夜一時間以上ストレッチしてから次の練習へ向かった。
何かできることはと探し、荷物車になってゴールを何機も運んだり、引退する学生コーチへの寄せ書きを作ったり、どうにか怪我人なりにチームへの価値が出せるように考えた。
それでもどうしてもラクロスを楽しめない、怪我もなぜか治らない。
もう辞めようかと何度もそう考えていた中での転向だった。
でも、転向後も半年ですぐ留学へ行き、帰ったらもう上級生。
トレーナー歴半年足らずで上級生としての行動、知識を求められて、先輩方には全く信用されずに終わってしまったと思う。
選手としても、トレーナーとしても、なんだか上手くいかない、流れに乗りきれない。
これまでなんとなく何でも上手く乗り越えてきていた自分にとって初めての挫折とも言える経験だった。
ただこの壁にぶつかって、試行錯誤して、気づけたことがある。
それは、この組織でトレーナーとしての日々が、他では得られない充実を提供してくれるということ。
早稲田ラクロスという伝統ある組織の中で、新興勢力のトレーナー。
古澤さん、冨山さんから菜穂さん、貴子さんを経てトレーナーが組織として形作られてくるのを身をもって体感した。
そんなトレーナーとしての役割。
テーピングを巻いて、アップをして、怪我人のリハを扱って、トレーニングを考えて…。
これだけ選手個人に気をかけて向き合う役割は他にない。
選手の怪我に一喜一憂して、新しいリハを考えて、それを実践に移して。こんなにも選手に対して能動的に働きかけられる役割も他にない。
そんなトレーナーの仕事は難しくも楽しく、充実していた。
その分、テーピングが留学から帰ってきてゆうとちひろよりも下手で頼られなかった時は、朝その場にいるのが嫌だったし、自分が持っていたリハが同じ部位を再発してしまった時、一部の選手やコーチ陣がトレーナーを軽視しているような発言、態度を取ると悔しく、ぐちゃぐちゃな感情も沢山あった。
でもその度に練習して(結局2人だけテーピング全く巻きにきてくれない選手がいるけど)、反省して、勉強して、その結果、今まで長くリハにいた選手が復帰してチームを引っ張る活躍を見せてくれたり、にやにやしながらいい調子ですと言ってきたり、至佑さんのアップは楽しいと言ってくれた時には、自分の感情や行動が間違いではなかったと自信になった。
そんな沢山の感情と経験は何物にも変え難い。
今、この経験を経てずっと引っかかっていた「巧より強たれ」の意味がやっと鮮明になった。
「強い」より「巧い」方が絶対いい。
ずっとそう思ってきた。
でも、この「強たれ」の答えは「強か(したたか)であれ」と言うことだ。
今でこそ悪い意味で使われることが多いこの言葉だが、本来は字の通り、「心の強さ」や「たくましさ」を指す。
それは「巧さ」を超えた先の最後の命運を分けるものだ。
選手はそれをプレーで体現できる。
東大戦でのAの活躍、今日の白熱のBファイナル4はまさに、心の強さが呼び込んだ勝利だったと思う。
この「強たれ」を選手だけでなくスタッフも胸に刻んでほしい。
チームの中でのスタッフは時に選手とコーチに挟まれ、(文句を言われたりもするはず)、時に陽の目の浴びない場所で支える非常に難しい立場だ。
実際今もそれに悩み、諦めたり、逃げ出したくなったりしている人もいるはずだ。
でもそんな時この「強たれ」の意味を思い出してほしい。
メーリスに載らなくても、感謝されなくてもその一つの行動が、その一手間が、その時間が、最後の命運を分けるものになるはずだ。
そしてそれが、自分が早稲田ラクロスに存在する意味を与えてくれる。
だから後輩たちにはどんな時も「強か」に、4年間を駆け抜けて欲しい。
愛すべきトレーナーバッツへ
言うまでもなく、今のTR組織への愛が深いことは日頃の言動からわかっていると思う。
トレーナーが組織として形作られるにあたって、今年は特に「フラットな組織」を目指した。
その甲斐あってか、いや少しちょけすぎだけど(まおとあいこ、いや一年生もばつ。松崎だけまる。)奥さんからも今年のTRは雰囲気が良いと言ってもらえて、学年問わず積極的なコミュニケーション、意見を出し合える組織になった。
まおとあいこも随分成長して今日の日体戦も安心して見ていられたよ(松崎も!)。
あとは百折不撓、日進月歩(古澤さんの言葉ね)チームへの最大限の貢献を目指して勉強し続けてほしい。
そしてボックスに入るときはどんなにチームが勝っていても負けていてもトレーナーとしての自覚を持って最後まで緊張感を持ってそこにいて欲しい。
監督、コーチ陣
奥さん、圭さん、古澤さんをはじめいつも気にかけてくださるコーチの方々、沢山の方々に支えられて4年間を過ごすことができました。本当にありがとうございます。
トレーナーは来年四年生がおらず、選手達の勢いに飲まれてしまうこともあるかもしれませんが、その際はどうか、手を差し伸べてあげてください。
両親
せっかく体育会に入ったのに、選手を辞めて、プレーを見せられず本当にごめんなさい。
部活をやめるか迷っていた時に意志の弱さを叱ってくれてありがとう。
トレーナーになっても家で愚痴をこぼして嫌な気分にばかりさせてしまったけど、いつも気にかけて、労ってくれてありがとう。
おかげで自分の決断を正解の軸につなげることができました。
最後に。
冒頭にも書いたがこの山崎組の代の一員で良かった。
コロナ禍で始まったこの代は負けて怒られたり、辞める人が続出したり、合宿も大きな大会も無く、一年の時から苦労が多かった。
四年になっても実力を疑われ続け、思うように勝ちを積み重ねられず悔しい思いを沢山した。
それでもその度に中山、杉本、山崎を中心に全員で一丸となって闘ってきた。
そんな山崎組がまだ終わっていいはずがない。
それぞれの役割を全うして、一丸となって闘おう。
そしてその先の勝利を手繰り寄せよう。
俺らスタッフ陣は「強か」に、明日も役割を全うする。
だから選手は万全の状態で「強い」プレーで見せてくれ。
そして、一番楽しい「勝ち」をまずは明日の立教戦で、掴み取ろう。
そのために
強く、強く。
いざ、強たれ。
AVENGE
TR 木村至佑