毎週のようにミーティング部屋を予約し、平日には東伏見の事務所に顔を出す。
本来なら数分で終わる用事も、事務所の方との世間話で気づけば30分が経っている。
部員からの連絡に追われ、気づけば一日が終わっている。
そんな日常も、あと1ヶ月で終わってしまう。
少し寂しい。
そんな自分に、凱と作田がよく言ってくる。
「おまえって彩りを与える人生じゃん」
普段からふざけてばかりいるからなのか、これから進む道をいじっているからなのか。
おそらく半分以上は、ただのノリだと思う。
それでも、結構嬉しかった。
誰かを笑わせたり、楽しませたり。
そんな風に、誰かの日常に少しでも彩りを添えられる人間でありたいと思っていたから。
思えば、主務になった理由も大層なものではなかった。
人と話すことが好きだった。
誰かの役に立つことが好きだった。
何より、人から頼られることが好きだった。
そんな単純な理由で引き受けた主務という役職は、想像していた以上に多くの人と関わるものだった。
自分はこの4年間で、誰かの人生に彩りを与えられたのだろうか。
少しだけ、振り返ってみたい。
コロナが明け、大学生活への期待に胸を膨らませていた春。
高校の友達だった三戸と宗一郎が行くというので、ラクロス部の体験会に足を運んだ。
あいにくの雨で体験会は中止。
せっかく来たのに、と思いながらグラウンドを見ると、雨の中を全力で走り回る先輩たちがいた。
見慣れない道具を持ち、激しくぶつかり合い、時にはボールがヘルメットに当たる。
何をしているのか、正直よくわからなかった。
それでも、早稲田のマークを背負って必死に走る姿が、妙に格好よく見えた。
帰り道では宮野さんに熱烈な勧誘を受け、幸輝と少し気まずい空気の中、坂道を歩いたことを覚えている。
そんな出会いから、自分のラクロス人生は始まった。
サマーでは石川、富田とともにサードセットとして、ひたすら守って、ファーストにつなぐ。
気づけば優勝していた。
ウィンターやあすなろでは、同期ロングが少なかったこともあって試合に出る機会をもらえた。
何もかもが新鮮で、練習に行くたびにできることが増えていく。
ただそれだけで、毎日が楽しかった。
2年生になり、BとCを行き来する日々が始まった。
結果的には、丈さん率いるCチームで育成優勝。
3年生では、開幕こそAに入ることができたものの、すぐにBへ落とされ、そのままシーズンを終えた。
それでも、円太さんや植野さんのもとでBリーグ優勝を経験できたことは、本当に嬉しかった。
思い描いた通りのラクロス人生ではなかった。
それでも、ラクロスはずっと楽しかった。
どこかで、4年生になれば少しくらいAに絡めるだろうとも思っていた。
最後の1年こそ、選手として一花咲かせたい。
そんな期待を胸に迎えた冬オフ。
まさか、ラクロスができること自体を諦めかけるとは思ってもいなかった。
今までは少し休めば治っていた腰痛が、一向に治らなくなった。
同じ姿勢で30分もいれば、下半身が痺れてくる。
それでも、最後の1年を棒に振るわけにはいかない。
無理をして選考練に臨んだ。
試合前メニューにすら入れず、案の定低い序列。
4年生にもなってこの立ち位置にいる恥ずかしさ。
何より、痛みで思うように動けない自分への不甲斐なさ。
全部投げ出したくなった。
病院で告げられたのは、重度の椎間板ヘルニア。
元通りになるかどうかもわからないと言われた。
頭が真っ白になった。
そんな時、全体ミーティングで半場さんからスタッフの募集があった。
本気で悩んだ。
スタッフになれば、カテゴリーの垣根を越えてチームに関われる。
主務としての経験も活かせるし、自分なりにチームに貢献できるかもしれない。
何より、もう腰のことを考えなくて済む。
悪い選択肢ではなかった。
むしろ、当時の自分にはとても魅力的に映った。
当時、六大学戦が始まっていた。
意地でもAに上がろうともがく同期。
少しでも上手くなろうと必死に練習する後輩。
そんな姿を見ても、何も心に響かなかった。
もう、ラクロスへの熱は冷めていた。
復帰できる保証もない。
復帰したところで、試合に出られる保証もない。
そもそも、今から頑張る意味があるのだろうか。
そんなことばかり考えていた。
でも、すぐには決められなかった。
デイキャンの有り余るリハビリ時間には、同期や後輩スタッフを捕まえて、仕事のやりがいを聞いた。
夜の富士通では、選手たちがアップを始める傍ら、丸田さんと30分近く話し込んだ。
同じ時期にリハビリ生活が始まった颯良とは、互いの先の見えない不安を打ち明け合った。
酸いも甘いも知る円太さんには、これからのラクロス人生について意見を求めた。
挙げ句の果てには、誕生日のディナーで両親を前に涙目になりながら、自分でも整理できていない気持ちを吐き出した。
今まで、誰かに頼られることが好きだった。
困っている人がいれば、何とかしてあげたいと思っていた。
でも、自分が困った時にどうすればいいのかは、よくわからなかった。
振り返れば、随分といろんな人を巻き込んでしまった。
それでも、誰一人として面倒くさがらず、自分の話を聞いてくれた。
誰かに答えを出してもらったわけじゃない。
でも、話すたびに少しずつ、自分が何に悩んでいるのかが見えてきた。
スタッフとしてチームを支えることは、決して選手から逃げることではない。
選手とは違う覚悟と責任が必要な、大切な役割だ。
それは、主務をやってきた自分がよくわかっている。
でも、あの時の自分は違った。
スタッフになれば、腰の痛みも、復帰への不安も、低い序列も、全部考えなくて済む。
そんな理由で、スタッフになろうとしていた。
逃げたかったのは、ラクロスからじゃない。
答えの出ない現実と、向き合い続けることからだった。
だから、選手として残ることにした。
この先、もう一度ラクロスができる保証なんてどこにもなかった。
それでも、あの時の自分にできる、後悔しない選択をしたかった。
大好きな漫画に出てくる、ある武将の言葉がある。
「心配すんな 全部上手くいく」
そんな言葉を、自分に言い聞かせながら。
選手として残ると決めたからといって、腰がよくなるわけではない。
当然、序列が上がるわけでもない。
それでも、自分で決めた以上、できることをやるしかなかった。
立ち止まっているわけにはいかなかった。
BにはDFコーチがいなかった。
自分はプレーできないくせに、上級生というだけで後輩に偉そうにフィードバックをする。
正直、何様だと思われていたかもしれない。
でも、言葉にする以上、自分にも責任が生まれる。
後輩に求めたことは、自分にも求めなければならない。
そうやって、プレーできないなりにチームへの関わり方を探しながら、リハビリを続けた。
7月下旬。
ようやく非接点のメニューに入ることができた。
復帰した日、聖奈が満面の笑みで「おめでとう」と言ってくれた。
自分のことなのに、自分以上に喜んでくれる人がいる。
あの笑顔は、今でも忘れられない。
リハビリを担当してくれた未莉や明莉にも支えられながら、少しずつ強度を上げていった。
焦る気持ちを抑え、できることを一つずつ増やしていく。
そして夏合宿。
ようやく接点プレーまで戻ってくることができた。
長かった。
やっと、みんなと同じ場所でラクロスができる。
そう思った矢先だった。
合宿2日目の1on1。
そして6日目のロンパ。
腰に走る、あの嫌な感覚。
また、やってしまった。
ここまで慎重に段階を踏んできた。
何ヶ月もかけて、ようやく戻ってきた。
それなのに、また振り出しに戻るのか。
正直、引退の二文字が頭をよぎった。
「心配すんな 全部上手くいく」
そう言い聞かせてきたのに、現実はそんなに甘くなかった。
それでも、もう前を向くしかなかった。
あれだけ悩んで、あれだけ多くの人に話を聞いてもらって、自分で選んだ道だったから。
痛みが消えたわけではない。
思い切りプレーできるようになったわけでもない。
それでも、今できることから始めようと思った。
周りを見れば、同じように怪我と戦っている仲間がいた。
思うように結果が出ず、それでも必死にもがく仲間がいた。
悔しさを押し殺して、チームのために走り続ける仲間がいた。
自分だけが苦しいわけじゃない。
この4年間、何度も苦しい場面を一緒に乗り越えてきた。
一人では越えられない壁も、こいつらとなら越えられるかもしれない。
そう思えた。
痛みと相談しながら、できることを一つずつ増やしていった。
そしてBリーグ第2戦。
ようやく、試合の舞台に戻ることができた。
思い描いていた4年生の姿とは、随分違った。
それでも、もう一度仲間と同じフィールドに立てたことが、何より嬉しかった。
全部が上手くいったわけじゃない。
でも、あの時の選択に、後悔はない。
最後に、このブログを読んでいる人に伝えたいことが二つある。
一つ目は、もっと周りを頼ってほしいということ。
この4年間、いろんなことがあった。
思い通りにいかないことも、誰にも言いたくないような悩みもあった。
そんな時こそ、少しだけ周りを見てほしい。
一緒に何度も死地を乗り越えてきた仲間がいる。
同じように悩み、傷つき、それでも前に進もうとしている仲間がいる。
そいつらを頼らずして、誰を頼るんだろう。
人を頼ることは、考えることを放棄することではない。
むしろ、自分で答えを出すために人を頼る。
自分自身、たくさんの人に相談した。
でも、最後に選手として残ると決めたのは自分だった。
誰かに弱さを見せることは、決して弱いことじゃない。
二つ目は、感謝を忘れないこと。
これは特に選手のみんなに伝えたい。
毎朝当たり前のようにグラウンドがあって、
当たり前のように練習が始まって、
当たり前のように試合ができる。
でも、その当たり前は、決して当たり前じゃない。
グラウンドを貸してくださる他部活の方々。
活動を支えてくださる大学職員やOB,OGの方々。
見えないところで準備をしてくれているスタッフ。
仕事や家庭がある中で、時間を割いてくださるコーチの方々。
主務になって初めて見えた景色が、たくさんあった。
今まで何気なく享受していた環境が、どれだけ多くの人の努力によって成り立っていたのか。
そんな主務生活の中で、意外と嬉しかったことがある。
富田からの「いつもありがとう」。
もちろん、いつものようにいじり半分。
真面目に言っているのか、ふざけているのかもよくわからない。
でも、嬉しかった。
別に、感謝されたくて主務をやっていたわけじゃない。
それでも、自分のやってきたことを誰かが見てくれていると思えるだけで、随分と報われた気がした。
何気ない一言が、誰かの頑張る理由になることもある。
だからこそ、みんなには忘れないでほしい。
自分たちが好きなことに夢中になれるのは、誰かがその環境を守ってくれているからだということを。
感謝は、思っているだけじゃ伝わらない。
この4年間、自分の人生に彩りを添えてくれた人たちへ。
少しだけ、感謝を伝えさせてください。
家族へ
ラクロスを始めると言った時から応援してくれて、いろんな試合に足を運んでくれたお父さん。
未だに同期の名前を間違えるけど、精神的にも物理的にも大きな存在です。
どんなに朝早くても必ず起きて送り出してくれたお母さん。
部活で上手くいかない時はそっとしておいてくれるし、大抵のことは全部お見通しなんだと思います。
たまに愚痴のはけ口になってくれるお姉ちゃんも、いつもありがとう。
誕生日ディナーで涙目になりながら相談できたのも、家族だったからだと思います。
普段はなかなか言えないけど、本当にありがとう。
コーチの方々へ
主務として関わる機会の多かった嶋田さん。お話しするたびに、早稲田ラクロスへの愛情と熱量を感じていました。
半場さんには選手を続けるか悩んでいた時も親身になって相談に乗っていただきました。
優太さんと丸田さん(はるまさんも)には、コーチとしてはもちろん、一人の社会人として尊敬できる姿を間近で見せていただきました。
特に丸田さん。DFコーチとしてたくさんお話しする機会がありましたが、富士通で話し込んだあの時間は、間違いなく自分の心の支えになりました。
皆さんと関わる中で、ラクロス以外にも多くのことを学ばせていただきました。本当にありがとうございました。
Bチームのみんなへ
日に日にチームとして強くなっている気がして、毎日が楽しすぎます。
見分けがつきやすくなった園部bro、男前すぎる元、ささいなボケでも笑ってくれるやまは、いじめっこのえいたろう、ガキすぎるけんと、全員まとめるの頑張れよマッカ、
背番号交換した大河原、特に書くことのない岸、尾花さんとマウピが好きすぎる健明、アフターチェックえぐい志響、もっと寝よう和田、
採点ミスで早実に入ったラッキーボーイ樋田、鳴き声damnの藤、冷笑系はせり、もっといろんな人と喋ろう樹生、編み師ぱきり師宗次、学歴ロンダマン匠、助手席の颯良、
そしてDF。
こんなに濃いメンツがいて最高です。
毎回新しい単語生み出す徹平
寝方も別班の律輝
ビデオの上げる順番がランダムなたける
被弾すればするほど戦闘力あがる井出
やっぱり一番悪いけど後輩力は高めの吉村
同期に友達つくってみよう真木
片耳ピアスの翼
ネットミーマー和田ちゃん
むーちょすぎるなかそ
しんどさ限界突破しはじめた橋本
何周も回って何も思わなくなったサム
ぜっちぇの古賀
奢られ顔がうまい西島
丸亀のプリンスちいさん
20分遅刻して60分寝て20分前に早退する五郎
なごみフレンズのえいじ
休む切り札ありすぎる凱
君たちがいてくれたおかげで戻ってくることができました
本当にありがとう
最後に凜と凌平。
本当にありがとう。2人がいなかったら、この1年間を乗り越えられなかったと思う。
Bの選手グループから派生したLINEグループは、5分寝ていただけで通知が100件以上溜まっていることも珍しくない。
心配性の凌平とサバサバしている凌平の右腕の凜。正反対のようで、意外と相性のいい2人を見ていると飽きません。
くだらない話ばかりしているけど、そんな何気ない時間に何度も救われました。
2人のおかげで、苦しかったはずの最後の1年間が、振り返ればこんなにも楽しい思い出で溢れています。
本当にありがとう。最後までよろしく。
こうして振り返ると、本当にたくさんの人に支えられた4年間だった。
人を笑わせることが好きだった。
誰かの力になることが好きだった。
人に頼られることが嬉しかった。
そんな自分が、最後の一年で誰よりも人を頼り、助けられていた。
誰かの人生に彩りを添えたいと思っていたけれど、気づけば自分の人生の方が、数えきれないほどの色で溢れていた。
思い描いていたラストイヤーとは、随分違った。
怪我もしたし、悩んだし、何度も逃げ出したくなった。
それでも、もう一度この仲間とフィールドに立つことを選んでよかった。
彩りだらけの人生。
色とりどりの仲間たちと過ごした4年間。
その最後を飾る色は、やっぱり紺碧がいい。
明日は関学戦。
太田組を勝たせて、
関東で宿敵を迎え撃とう。
PULSE
DF #88 栢森譲

