「巧より強たれ」この言葉が俺はとても好きだ。
なんか自分のプレースタイルを体現しているような言葉だし。
どんな感じでこの「巧より強たれ」を書き始めようか悩んだけど、
とりあえず自分が入部するときから遡って、つらつらその時の思いとか書いていこうと思う。
俺自身大学では絶対にサークルに入って遊んでやるという一心でいた。
しかし、ラクロスという今まで一度も見たことのないスポーツの体験に大学入る前の2月くらいに行った。
そこでは、「日本一を目指せるよ」「スタートラインがみんな一緒だから日本代表になれるチャンスがあるよ」と言われた。
そんな言葉に惹かれ、ラクロス部を選んだ。
小2から高3までの11年間ラグビーをやっていて、周りからは何で大学でラグビーをやらないのかと必ず聞かれた。
別にラグビーが嫌いになったわけでもないし、それなりに高校までもチームで活躍できていたと思う。
けど、日本代表になれるほど上手いわけでもなかった。
俺の性格上、見栄っ張りだったり、人からよく思われたいとか、すごいと思われたいという所がある。
自分の見られ方ばかり気にしている。俺の悪いところでもある。
そんなこともあって、わかりやすい“日本代表”というワードに惹かれたんだと思う。
試合に勝っても自分のプレーの調子が悪かったら納得いかないし、
試合に負けても、その悔しさや、チームの課題よりも自分のプレーが良かったか悪かったか、トイメンに勝てていたかなどばかり気にしていた。
正直体験に行った時や最初の練習で1on1や突破練をしていて、誰にも負ける気はしなかった。
「なんだ、ラクロスなんて簡単じゃん」
「本当にこれで格闘球技って言えるのかよ」
なんて思っていた。
1年のサマーはαでDFスタメン、サマー後はすぐにBチームに入れてもらって、ウィンターもずっと試合に出させてもらっていた。
関東ユースにも選出された。
「日本代表」本当になれるんじゃ?そう思っていた。
しかし、2年生の頃はシーズンスタートのタイミングで膝の怪我をして三ヶ月半の離脱。
リハ明けでは問答無用でCチームスタート。
自分の中では頑張っている“つもり”だったし、活躍できている“つもり”だった。
何で自分がCチームからスタートなの?なんですぐBにあげてくれないのかと、シンさんに抗議したこともあった。
しかし、自分が思っている以上に自分は下手くそだった。
その時の俺は
「1on1でボールダウンさせてるじゃん」
「クリアでランクリすれば誰も落とせないじゃん」
そんなことばかり思っていた。
これは俺の強みであることは間違いないが、ラクロスはそこまで単純なスポーツじゃない。
他にもラクロス理解、クロスワーク、視野、コミュニケーション能力、味方を動かす力、声、ポジショニングなどなど、
必要なスキルはたくさんある。
しかし、俺はそれらのほとんどが弱点だった。FBの内容もずっと変わらない。致命的だ。
2年生ながらAチームの主力で活躍していた平塚、奈須、丸田をスタンドから応援しているたびに、
羨ましく思えたし、とても悔しかった。
日本一にチームがなっても、それほど嬉しくなかった。
それより自分が直接日本一に貢献できてないことが悔しかった。(先輩方すみません)
3年生ではAチームに定着して試合に出れるようになったが、出場機会はさほど多くはなかった。
中島さんにボロクソ言われてイライラしたり、愚痴ったり、悪態をついたりもした。
言い方は気に食わなかったが、自分のためを思って言ってくれていたのはわかっている。
そんなこんなでこれといった自分の目立つ活躍もなく学生日本一を連覇した。
けれど、やっぱり嬉しさはそんなになかった。
そして、今年。最終学年になった。
今年こそはAチームのスタメンとして活躍して日本一に貢献すると心に決めていた。
しかし、オフ明けの選考練。俺のプレーは散々だった。
あまりに酷すぎて、俺の頭は真っ白になった。自分が心底嫌いになった。
案の定、週明けに発表されたチーム分けにはAB日替わりとなっていた。
この評価には自分でも納得していた。
「だろうな」と。
平塚にFBをもらいに行った時に「城代頼むよ。お前の1on1は絶対に必要だから」そう言ってもらえた。
だからBチームに練習参加するときは強みを伸ばすより、自分の弱点であるオフボールや人を動かすことにフォ―カスした。
絶対に腐りたくなかった。後悔したくなかった。
結局Bチームで練習参加したのは数回程度だったけど、その経験が今の自分のラクロスに対する意識改革に繋がったと思っている。
しかし、まだ俺の意識は足りなかった。
コロナの自粛明けから怪我での離脱もあったが、俺の評価順位は上がるどころか、下がっていくばかりだった。
ついに特別大会の初戦前日。
夕飯を食べながら次の日の日体戦のことを考えていたとき、丸田から電話がかかってきた。
「すまん、明日城大をボックスメンバーから外すことになった」と。
その時は落ち込んでないフリをして電話を切ったけど、そのあと自分の部屋で泣いた。
次の日も自分のやれることに徹していたけど、心は穏やかではなかった。
この日からの約2ヶ月半、とにかく一つでもいいから順位を上げ、試合に出ることだけを考えて練習していた。
今でも俺の強みは1on1や体の強さといった脳筋のようなスタイルだが、
チームに1人くらいこういう奴がいてもいいんじゃないかなと思っている。
ここまで既に長い文章になってしまったが、ここから感謝の気持ちを少しだけ書かせてもらいたい。
まず、ラクロスをするにあたって親のサポートのありがたさは忘れてはならない。
両親へ。本当にありがとうございます。
口ではあんま伝えられてないけど感謝しています。
そして嶋田監督はじめコーチの方々。毎週末、時には平日も朝早くから指導しに来てくださり、ありがとうございます。
その中でも、やはり奥HC。
俺たちが一年生の頃から学生コーチとして、今はAチームのHCとして、俺たちを精神面でも技術面でも支えてくださっています。
俺が不調な時も調子がいい時も気にかけて声をかけてくださり、LINEで質問した時でも仕事の合間で連絡をくださったり、感謝してもしきれません。
本当にありがとうございます。優勝して恩返しがしたいです。
TRやマネージャー、スタッフのみんな。
みんなのサポートのおかげで選手である俺たちは思う存分プレーができています。
ありがとうございます。
可愛い後輩たちへ。
俺たちの代を支えてくれてありがとう。みんなの助けがなければ絶対に勝てません。
不甲斐ない先輩かもしれないけど、あと少しだけ力を貸してください。
そして愛する同期のみんな。
仲良すぎてよく怒られるけど、それが俺たちの強みでもあるのは間違いないし、なんでも言い合える関係だからこそ多くの刺激をもらえました。
大好きです。
明日はいよいよFINAL4。中央戦。
無冠の代の本当に最後の大会。
俺たちがまだ掴み取っていない“優勝”の二文字。
獲りに行こうぜ。
そのために、まずは明日。目の前の試合に死ぬ気で。
俺の1on1で会場沸かせます。
勝利への執念で。
勝とう。
『One for all, All for one』
真
DF #6 茅野城大